病院見学

研修医みたいだけれども

以前から

見学したいと思っていたクリニックへ

お邪魔してきた。

 

さめじまボンディングクリニックである。

 

養子縁組など独自の取組で有名だと知ったのは数年前である。

うちのクリニックからもわりと近い(実家の近く)なのでいつかご縁があれば一度、伺いたいと考えていた。

 

偶然にも

当院のサロンの

エステティシャンが鮫島ボンディングクリニックでも施術をしているということで間を取り持っていただいた。

 

事務長とともに

懐かしの熊谷へ。

 

施設が綺麗なのは

今の時代当然なのでそんなに

驚かないけれど

我々を案内してくださった

スタッフの方々は

大変情熱的で

鮫島院長の理念を体現

しているようであった。

 

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熱烈歓迎ありがとうございます。

 

 

特定妊婦さんに対する

養子縁組の支援など

とても参考になるお話を聞くことができた。

 

 

なんなら我が家も養子縁組しようかと思ったけど

うちは年齢制限にひっかかった。

 

個人的には難しいが

今後クリニックとしてお手伝いできることがないか

模索していきたい。

 

しかし迷子になりそうな広大なクリニックである。

 

これを建設し増築し

院長のアイデアを形にしている

事務長の奥様や

看護師、事務の方々が素晴らしい。

 

特に事務長さんの

ご苦労は大変だろうと推察する。

 

当院の前理事長の奥様も

事務長という肩書こそ

雇われの職員に使わせていたが

孤独で厳しい仕事に奮闘していた。

 

外から勝手をいうのは

責任ない立場の腰が引けた

人間だが

クリニックを経営するというのは

一筋縄ではいかないと

最近

身に染みている。

 

それでも正しいことが

できるか

試されるのだろうけれど

さめじまボンディングクリニックの

皆さんを

見習い頑張りたいと思う。

 

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満面のピースサイン、マスクしてるけど

 

写真を撮らせていただいた。

葉加瀬太郎ではありません。

又吉直樹でもありません。

マーティンフリードマンでもありません。)

 

我々の帰り際に

忙しい診療の合間を縫って鮫島先生も

出てきてくださった。

 

こちらに向かって歩いてこられる鮫島先生は

バイタリティの塊のようなお腹をしてらっしゃった。

 

鮫島先生はポッケから名刺を取り出し

わたしに向かって軽く会釈してくださったあと

そのままわたしを通り過ぎて

当院の事務長に名刺を渡しかけた。

 

私が

「せんせ!せんせ!」と

強引に呼び止めたので

私が理事長だと気がついてくださったようであるが、

たぶん又吉だと思ってたかもしれない。

 

ともかくも

今後ともよろしくお願い申し上げます。

 

 

 

 

 

 

 

柔軟体操

 

柔軟体操を舐めてはいけない。

 

わたくし

柔軟体操をはじめて100年

いまだに身体が堅いです。

 

唯一役に立ったなと思ったのはspプラス2の

回旋逆向きの巨大なお子を緊急カイザーで出した時に

児頭を持ち上げるために自分の腕をあらぬ方向に

曲げて出した時くらいか。

 

ただし、その後上腕三頭筋が断裂を起こして

片腕ドラゴン(みんな知らないでしょ?)

みたいになって

オペを続けた。

 

今後このようなことがないように

柔軟体操をはじめたが

はや1世紀

今日も

子供に背中を押してもらっている。

 

 

「ちょっと押してくれよ」

わたくしがお願いすると

ぶっ壊れた男子が

全力で背中にぶつかってくる。

 

どうして男ってこう…。

 

「ジワジワって押して欲しいんだよ。

お父さんを壊す気か?」

 

子供はジワジワと叫びながら

先程と同様全力で肩からタックルをしてくる。

 

「まて、

やり方を変えよう。きみ、そこに立て。助走はいいから。そこでお父さんの背中に手をついて、そうそう、それで押してくれ。ゆっくりな、ゆっくりだよ。そんな全力じゃ、まてまてまて、いてぇ」

 

何をいってもダメだ。

 

息を吐きながら

身体を折りたたむんだそうだ。

 

フーッと長く吐きたいのだけど

痛くて

ヒッヒッヒッヒッとか

ラマーズ法みたいになる。

 

「お父さんも一緒に頑張ってください」という

幻聴が。

 

 

また今日も身体柔らかくならなかった。

 

あと100年かかるわ。

ラスボス

 

デデデー

 

ラスボスが現れた。

 

 

9月に契約更改することに

なっていた社長である。

 

 

足腰が弱って

満足に歩けなくなってしまった。

 

平らなところでつまづく。

 

オペで立っていられない。

 

身体の不調は

気持ちの不調につながる。

 

集中力が続かないんだ。

 

患者からの

クレームが増えて

庇いきれなくなってきた。

 

今月で

お引き取り願うことになった。

 

まぁ、サラッと流そう。

 

「来月からもういいっすー。長い間、

お疲れっした」

 

 

………。

 

と言えたらどんなに楽なことか。

 

ほどほどに度胸のある

私であっても

流石に緊張する朝だった。

 

抵抗もされるだろう。

 

泣き落としもあるかもしれない。

 

いや、怒りだすかもな。

 

もしそんなことがあっても

強力に突っぱねる。

 

朝の処置が終わり

院長室に入ると

デデデー

社長がソファに

身体を預けていた。

 

ちょっと気後れした私。

 

社長はいつも通りYouTube

同い年のシムケンをみてる。

 

 

私はローテーブルを挟んで社長の前に座り

必要無いのに充電中のiPhoneを手に持った。

 

画面を触りながら

「先生、お話があるんですけど」

 

「なに?」

シムケンから顔をあげて社長は私の目を見た。

いや、私が彼の目を見た。

若い頃からハンサムだった顔だけ見ればいまでも

第一線で活躍してもおかしくない生気に満ちている。

しかし

スマホをもつ両手は

砂時計のように途中から細くなっている。

時間が少なくなっていた。

 

私はあらかじめ考えた言葉を口にした。

「勤務に関して9月に見直すことを覚えているとおもいます。」

言い逃れされないように考えながら続けた。息継ぎもせずに。

「10月以降は契約更新しないことになりました。先生の希望する働き方では先生を支えきれないので」

 

これで言い返されたら

社長にとって耳の痛いことに関して具体的に

論うつもりだった。

 

 

「10月以降は来なくていいってこと?」

社長は不思議そうに尋ねた。


「そうです」

私は答えた。ダイレクトに簡潔に。


「他の人もやめてもらうの?」


「他の人はこちらの希望に沿って働いてもらっているので続けてもらいます。先生はコストが大きいので」

 

ふむ。

社長はまたYouTubeに視線をもどした。

 

長い沈黙

 

シムケンのコントの声が聞こえるけれど

笑えない。

 

私もiPhoneでなにか見てるがよくわからん。

 

このままお互いになにも喋らなくても仕方がないと

思った時

喋った。喋った。社長が喋った!

 

 

 

「やってみて大変だったらいって。いつでも来るから」

 

 

そうくるとは

思わなかった。

 

 

「ありがとうございます。勝手をいって申し訳ありません。」

 

 

社長はいつもより

ちょっとだけはやく

ちょっとだけ張り切って

外来に向かっていった。

 

よろめいて

足を引きずりながら

「ボケちゃいそうだなぁ。なんにもしないと」

 

「そんなこと無いっすよ。

また色々教えてもらいに行きますから。

たまには飲みに付き合ってください。」

 

 

「いつでもいいよ。」

 

 

私は

一日が始まる前に

大仕事を終えた気分だった。

 

事務長にメールをしてフォローを頼んだ。

 

 

そして思った。

 

先生、ごめんな。

 

 

 

 

…。

 

ちょっとセンチメンタルな気分になった私は

遅れて外来へ出ていった。

 

 

そこでは社長の診た患者さんから

またクレームが入ってるところだった。

 

ので、

謝った。

 

私は目に涙を溜めながら思った。

 

んだよ、今日、辞めてもらおうかな。

 

 

ラスボスが居なくなっても

ゲームは続いていく。

 

 

 

 

 

 

NCPR開催

コロナ禍だからといって

赤ん坊が生まれないわけではない。

 

生まれるのであれば

安全でなければならない。

 

安全のためには

日々のトレーニングが

重要である。

 

当院で

NCPR(新生児蘇生法講習会)を

開催した。

 

他施設の方々からも

応募をいただいて

今回は

比較的

近隣を中心に

いらっしゃっていただくことになった。

 

いつもお世話になっている

エキスパートのドクターを講師としてお招きし

そのご指導の下

当院の二人の助産師にも

インストラクターとして経験を積んでもらった。

 

三密を避けての

余裕を持った講習会になった。

 

 

これで

当院の分娩に関わるスタッフは

一人残らず

NCPR のAコースを取得したことになる。

インストラクターは私を含めて3人。

 

ようやくスタート地点に立てた。

昨年、理事長に就任してからもうすぐ一年が経過する。

 

赤ん坊は強い。

放っておいてもたいていは泣く。

過去30年間、

我々はそういう赤ちゃんに

救われてきた。

 

いつか我々が

避けうるべき危険から命を救う時のために

準備をしていきたい。

 

ご協力いただいたインストラクターの先生方、

参加してくださった皆様

準備と片付けに加わってくれた当院のスタッフ

感謝いたします。

 

 

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(写真だけ集まりましたが他は三密を避けました)

 

 

 

百均で買った

NCPRの積み木!目立たねぇ!

 

 

 

 

 

 

麻雀から

麻雀をやったことはほとんど無い。

 

親父がやってるのを

見たり

高校の時に

友人宅で

大勢が打つのを後ろから眺めたことが

2回だけだ。

 

その時に

牌に触って

ポンとチーを教えてもらって

鳴いて終わった。

 

すこし上の世代の

ドクターは

当直の時にメンツを集めて麻雀を

やったらしいけれど

私が医者になった頃は

まずそういう機会はなかった。

 

それなのに

麻雀の

本は

読んだことがある。

大学に入る少し前に

ハマって

大学に入ってからも読んだ。

麻雀できないくせに。

 

桜井章一の本だ。

 

この方、

なかなか

すごくて

本を読んでも

にわかには信じられない

エピソードがたくさんある。

 

雀鬼」というらしい。

20年間の現役時代、負けたことが無いらしい。

自分にも周りにもとても厳しい人だ。

 

その他

あまりにもすごいので

本を読んだ当時

彼が下北沢で経営する雀荘まで

確かめに行こうかと思ったほどだけれど

会ってもまあ私が麻雀できるわけではないので

場違いだろうから止めた。

 

当直で

キツイとき

この人のことを思い出す。

 

患者のためにいい加減なことはできないなって。

 

 

雀鬼の本を読んでそこから派生する

陽明学の本を読んで

武道の本まで読んだ。

 

なぜ麻雀から武道?とか

思うかもしれないけれど

ホント

そういう

繋がりがあったの。

 

「牌の音ストーリーズ」つていう漫画もよかった。

この作者の漫画家には上野ですれ違った。

 

この漫画から

古武術家の

甲野義紀という人を知って

この方には池袋で偶然、会ったことがあった。

 

いつも着物に一本歯の下駄を履いているの。

その時もそうだった。

 

お腹を触ってごらんなさいとかいわれて

腹を押したら

指がめり込んだ。

 

北斗の拳ハート様みたいな感じ。

甲野さん自身は痩せてるんだけど。

 

なにが凄いかはよくわからんけど

凄かった。

 

甲野さんから

また派生して

植芝盛平

関連本を読んだ。

合気道の開祖だ。

 

その弟子の塩田剛三の本も読んだ。

塩田剛三ケネディボディガードを

抑え込んだ人。

藤平光一の本も読んだ。

藤平光一王貞治のコーチの荒川さんの師匠だ。

 

 

そういえば

格闘技をやっている弟が

大東流のビデオを持っていた。

岡本正剛の不思議な技だ。

 

合気道大東流は関係が深くて

その起源は

どうやら

武田惣角という

達人らしいというところまで

辿り着いた。

 

武田惣角

直弟子が

佐川幸義だ。

 

岡本正剛も佐川幸義も塩田剛三藤平光一

当時皆存命であった。

 

習ってみたいなと

思ったけど

ちょっと色々忙しかったし

家から遠かったので

学生の身には厳しく

ご縁は繋がらなかった。

 

その代わりに

「透明な力」という

佐川幸義の高弟が書いた本を

何度も読んだ。

これも凄い本。

背筋が伸びる。

 

武田惣角

津本陽の「鬼の冠」

 

同じ頃(だったと思う)

ティーブンセガールの映画を

観た。

 

彼、

メチャメチャ強そうやね。

 

麻雀から

すっかり違うところに来ちゃったよ。

 

 

根性無しな私が

根性を持てるように

と思って

いつも頭の片隅に入れていた

人達なんだよね。

 

これらの先人がいるから

当直で眠い時

たとえ

太腿を刺してでも目を醒ます。

自分に負けないように。

 

これは桜井章一のエピソードからなんだけど

桜井さんは

薬を盛られて

眠りそうになった時

塗り箸を割って太腿に突き刺して

最後まで麻雀打ったそうだよ。

 

私は

寝なよ、章一。って思ったけど。

 

ものすごいお金が動いてるとはいっても

なかなかその根性はないよ。

 

私、ボールペンの先でチクッてするだけ

だからね。

あんまり痛くないように。

 

 

時々

YouTube

こういう人達の

関連する動画を

観たりする。

 

 

最強に憧れる人は多くて

医者もそうなんだけど

でも

最高まで上り詰められる

人は少ない。

 

偽物ばっかり。

 

もともと本物だとも思ってないけど

でも、せめて本物になろうと努力をしたんじゃないの?っていう私の3人の先輩も

シャミかよ、口三味線、

偉そうなことしかいわない

偽物、屑だったな。

誰一人として桜井章一のような人間はいなかった。

いるわけないんだけど。

残念だよね。

 

そして

そんな私も偽物なのだな

と寂寥感を持って

動画を見ていた時に

なんとなく

これいいかなと

思った武道家が何人かいた。

 

 

そのうちの

一人が

子供好きそうな方だったので

こういう人の下でなら

息子と一緒に

稽古してみたいという気になった。

 

息子には

しっかり

育って欲しい。

 

知り合いの

ドクターたちが

忙しい仕事の合間を縫って

お子さんと一緒に

武道や格闘技をやってるのも最近気になった。

 

極真、剣道、キックボクシングとか。

 

そういうドクターたちって良い年の取り方してるなって感じてた。

 

 

ただね、

もしこのYouTubeの先生に

お願いするとしても

場所が

横浜なんだよね。

 

うちからは

遠い。

 

毎週、子供を連れて行くには難しい。

他に似たような道場とか 

もっと近場の支部とか

無いかなと

思って

YouTubeの問い合わせ欄からメールを

送ってみた。

 

そんなに期待してたわけでもない。

 

なにかに導かれたとかいうと

うちのヨーメは

とても喜ぶのだけれど

今回は

私もそう思った。

 

メールを送信した翌日に

たまたま

うちのクリニックのある伊勢崎市のお隣

太田市

夏合宿をやっていた。

 

太田支部を作る予定なんだって。

 

それは

とある太田の方が横浜まで

片道三時間かけて

稽古に行っているから

という理由なのだ。

もう3年になるらしい。

 

そんな

熱心なお弟子さんがいて

そういう人を惹きつける所であるのなら

素晴らしいな。

 

 

「体験稽古」に行ってみた。

クリニックから15分くらいだから

子供と一緒に。

 

私が

もはやここから何もつかめなかったとしても

子供には

良いものに触れてもらいたい。

 

しかし

その良いものは

結構大変であった…。

 

なぜなら………。

というのは

次回に。

 

 

 

 

 

 

 

 

危機的状況のなかの弛緩

このコロナ禍で

産婦人科のシミュレーショントレーニングコースや勉強会も

軒並み中止になり

いくつかは

オンラインコース

移行しているようなのだけど

その間も

赤ちゃんは産まれる。

 

ここで赤ちゃんを産まなければ

コロナの思う壺なので

引き続き

人類は

産めよ増やせよ

いく。

 

そのお手伝いを

するために

我々は

さらに

レーニングを積むのである。

 

もちろん

レーニングは

大変である。

すぐに成果があるかわからないくせに

負担は一丁前だから。

 

特に

年輩者はツラタンであろう。

 

とすこは

70に迫ろうというのに

だいぶ年下の

理事長に

分厚い本を渡されて

読まなければならない。

 

よく辞めないなと思う。

 

辞めた人たちも沢山いる。

辞めてもらって

当院の

レベルが向上した面は

あるが

やる気があって

頑張っているので

あれば

当然サポートはする。

 

 

にしても

こちらから観察していても

なかなか

手強い。

 

記憶力が

ドーナツくらいまで

退化しているそうなのだけど、

とすこ、

覚えてくれよ。

 

「これ患者さんに渡してください」とお名前を伝えて

「わかりました」と

振り向いたら

「あれ、誰でしたっけ?」

もう忘れてたりする。

 

とても

ピーシーキューブPC3(Perinatal Critical Care)

の流れなど覚えられないのである。

 

 

PC3は

大阪の産科と救急救命医の

ドクター、スタッフが

中心となって

作った

母体救命のシミュレーショントレーニングである。

コウノドリの荻田先生が発起人の一人で

ドラマの主人公役の綾野剛さんもこのコースを受けている、これマメな、私も誰かに教えてもらっただけだけど)

 

 

ALSOやJCMELSなどの

産科三大シミュレーショントレーニン

うちの

ひとつだ。

 

アルゴリズム

すごくシンプルで

liner(線形)な設計をされているので

私自身

スタッフに

色々説明するのに

重宝している。

 

これを基準に

当院の有志たちが

PC3のアルゴリズム

ALSO, JCMELSを

うちのような一次施設に合うように

若干修正を加えて

緊急時には使用するようになった。

 

 

たぶんなのだけど

気がつけば

当院での

危機的状況が

激減した。

 

スタッフ間に

危機的状況を

起こさないという

意志が醸成されたからだと思う。

 

前任者の

頃は

危機的状況を

楽しんでいるような者がいて

助ければいいんでしょという

雰囲気があった。

 

 

いまでは

少しでも異変があれば

「Critical」「クリティカルです!」

と叫ぶ。

 

最初の頃は

やっぱり

気恥ずかしかった。

 

もう一人の自分が

「なんだよクリティカルって」とか

囁くわけ。

 

でも

恥ずかしさと安全を天秤にかけたら

答えは明白なので

続けたところ

数ヶ月(こんなにかかるもんだとは思わなかったけど!変化を起こすのは大変)で

いまでは事務のスタッフにまで浸透した。

 

ところで

とすこである。

 

引退

が近いのであれば

やむを得ない、許容するか、

あるいは

やはり

一人でも

弱い者がいれば

そこから綻びはじめるので

レーニングを続けるか。

 

結論としては

出来なくとも

続けることにした。

 

 

努力は続けなければならない。

 

それが患者さんに対する

誠意だろう。

 

 

ある日

むこうで

バタっと

音がした。

 

視野の隅で

とすこが走っていくのがわかった。

 

 

とすこがなにか声をあげようとしている。

 

「く、く」

 

そうだ!とすこ!

Criticalを覚えたんか!

そのまま

大きな声で叫べ!

 

 

「く、く、クリスタル!」

 

 

みんな

ズッこけた。

 

しかし

気持ちは伝わった。

 

患者さんのもとに

集まって

治療した。

 

患者さんが

そんなに危機的な状況でなかったけれど

Criticalの宣言は

空振りでもOKなのだ。

 

しかし、

盛大な空振りであった。

 

野球の試合で

バスケをしたみたいな感じだ。

 

スタッフの

みんな

緩んで

笑っている。

 

同時にみんな知っている。

古希の

看護師が

精一杯

努力をしている。

 

なぜかは

わからないけれど

なんとなく

泣けた。

 

なんとなく。

 

なんとなくクリスタル。

 

免許更新

五年ぶりの免許更新にやってきた。

ゴールドカード!

からの

一般講習である……。

 

前回、

平成27年9月に免許更新して

平成27年10月に捕まった…。すぐじゃん。

 

よって、このほぼ5年間

ゴールドではあったのだが

偽りのゴールドであった。

 

映画のアウトサイダーみたいである。

Stay Goldを願って

叶わない…、みたいな。

 

そんなカッコよくないか…。

 

しかし

つくづく

5年間で

当院を取り巻く環境が変わった。

 

 

次の5年は

どうなるであろうか。

 

などと

雰囲気の変わった自分の写真を眺めながら

私はここで待ち続けているんだけど

本当にここでいいのかしらと思う。

 

スタッフの方の指示通り

の場所に座ってるつもりでも

お隣の方が

何度もスタッフに尋ねては

戻ってくるを繰り返しているので

不安になる。

 

あ、戻ってきた。

 

一分後には再び

スタッフのもとへ。

 

ますますこっちは心細くなる。

周囲の人々も同じように

気にしている。

 

こんな軽い状況にさえ

ストレスを感じるけれど

自分を信じたおかげで(おおげさ)

はれて免許更新がでけた。

 

とりあえず

青色になったのだけれども。