癒し

星野富弘さんに

お会いして

こちらの考えをお伝えすることができた。

 

 

お願いを快諾していただいた。

 

 

車椅子のひざ掛けにそっと固定した星野さんの手は手袋で包まれていた。

わたくしはその手袋の中が気になって仕方がなかった。

 

あの中の

指をさすりたかった。

 

想像できない思いを

経験したせいばかりでは無いだろうけれど

星野さんは

わたくしよりも

ずっと癒されているように思えた。

あるいはそれはわたくしの考えすぎだったかもしれないが、ひとつ確かなことはある。

 

わたくしの

心は病んでいる。

 

わたくしとピーターフィッシュさんが

帰る時

星野さんは

自分の口元で操作した車椅子で

玄関の外まで出て見送ってくださった。

 

わたくしは恐縮したのと

はやく帰らなきゃ迷惑になると思ったのとで

坂を転がるように

歩いた。

それで

会釈も身体を捻ったままになって

なんともサマになっていなかったと思う。

 

乗り換えの在来線コンコースでわたくしはピーターフィッシュさんと

その日の出来事を話した。

そればかりでなく

自分のこうして生活している現状も隠さなかった。

 

 

ピーターフィッシュさんとの勉強会を通して神に触れているのだけれど、もしわたくしが信仰をもつならば、

この一連のブログを読めば

クリスチャンになる一つの道にこういう方法があるというのが

後に続く人にわかるかもしれない。

 

 

が、しかしである。

なんでもそうだけど、

教えてもらっといてなんですけど

話についていけなくて

つらい。

 

なんか

雷に打たれるような経験を通して

アッサリと

神を信じるようになったとか

わかりやすい展開が

いい。

 

ただ

そういうのは無理だと

Wikipediaに書いてあったので

それも貼っとく。

エスは答えて言われた、「『主なるあなたの神を試みてはならない』と言われている」。

 

 

その夜

もう一度

星野富弘さんの本を読んだ。

 

 

新版 愛、深き淵より。

新版 愛、深き淵より。

 

 


愛、深き淵より。

 

 

わたくしは

ずっと昔から

癒されたいと

思い悩んでいる。

そんな

自分自身と向き合っていることを

あらためて自覚した。