シエスタ

前日ストレスが強くて

寝付けなかった。

 

どうすることもできないので

昼休みに昼寝でもしよう。

 

ソファに横になってウトウトしかけた

途端

ノック。

 

(んだよ)「はぁい?」

 

寝たまま答えた。

 

 

「先生、お休み中ですか?」

若い看護師の声だった。

 

見たらわかるだろう、お休み中なわけよ、こっちは。

 

ところが

「すみません」

そう言って看護師は院長室という名の

相談部屋にズカズカ侵入してきた。

 

いつもなら

出直してくるような子であるのだが

今日は、なんとまぁ、厚かましい。

わたくしがストレスと戦っている今日に限って。

 

むかいのソファに座って

こちらをじっと見てる。

 

 

仕方がなく起き上がるわたくし。

 

 

「お話、いいですか?」

 

 

「いいですよ」よくないけど。

そんなあらたまった言い方、

絶対

結婚とか妊娠とかじゃん。

それで辞めるっていうんでしょ。

事務長にいってよ。

 

こっちは欠伸が出そうだったが

我慢してたらジワジワっと

涙が……。

 

 

泣きはじめたのは私ではなく

看護師だった。

 

 

ちょ、まて!

なんで泣きはじめてんの?こんなとこで。

しかも

号泣じゃねぇか。

 

 

そこにまたノック。

 

事務の女性(こちらも若い)が

ドアの間から

「先生、今度の……、あっ」(察し)

何か言いかけて静かにドアを閉めた。

 

まてまてまて、私が

泣かしてるわけではない!

 

さっきまで眠かったのに

わたくし

オメメぱっちーん!

 

よくも、こんなめに、尚更ストレスだわ。

だがしかし、

涙ごときに騙されるわたくしではない!

なんなら、そっちは泣き真似だろ?

厳しく追及してやる。

 

 

「どうしたの?うん。」

わたくしは尋ねた。

 

ところが

「わたしなんて、看護師失格です」

そしてまた涙。

 

「うん、そっか、どうしたのかな?

言える?先生にいってごらん?」

 

我ながら

全然迫力のない追及。

百年ぶりくらいに自分のことを「先生」といった。

 

 

どうやら

インシデントを

引き起こしたらしい。

 

 

背中を押したら

そのままスッと

看護師を辞めてしまいそうだった。

 

 

「よくぞ

正直に言ったと思います。」

わたくしはまず

自分の気持ちを伝えた。

 

「わたしも

たいした医者ではないけれど

ひとつ

心掛けているのは

良心的で

あるということ。

 

良心的というのは

良い人ということではなくて

正直に

さらけ出せるかということ。

 

わたしは

医者になってから

何度も

失敗をした。

 

最初のうちは

サーフロを刺すのも失敗した。

患者さんに嫌な顔をされても

正直に

謝った。

それが一つの良心だと思っていたから。

 

 

やがて少しずつ

色々できるようになって

知らぬうちに

油断するようになった。

 

油断して

失敗したことがあった。

 

周りには

わからない程度の

失敗だけれど

自分ではわかる。

神様は見てる。

 

苦しくて

恥ずかしいけれど

それでも謝った。

 

わたしはとても弱い。

だから取り繕おうとしてしまう。

 

取り繕うことは可能だと思う。

 

みんな取り繕って生きてる。

 

でも

ごく少数の人の中に

いつでも良心的な人々がいる。

 

そういう人を何人か看護師で見たことがある。

 

医者では残念ながら

ほとんど

いない。

 

時と場合によって良心的だった医者はいる。

 

良心的だと思っていた尊敬すべき医者が

正反対だったとわかったこともある。

 

わたくしも完全に良心的かといわれたら

もちろんそんなことはない。

 

だからなおさら

わたしは良心的でありたいと思っている。

(そこで

わたしはいま

あなたの前で自分をさらけ出そうとしている)

 

わたしは

患者さんを

危ない目に遭わせてしまったことがある。

 

わたしの責任では無いかもしれない。

そう考えたかった。

しかし完全に

わたしの責任ではないのか。

 

自分は知っている。

自分ならわかるんだよ。

お前だ、お前のせいなんだよ。お前は俺なの。

 

ここにあるようなソファの上で

横になって

一日中

いまのあなたと同じように

死んでしまいたいと思ったことがある。

医者を辞めようと思ったことがある。

 

なにも言葉にできなかったけれど

2歳の子供まで

察して

戯れついてこなかった。

 

でも

この仕事をやらせてもらうしか

なかった。

 

医者を続けさせてもらう以外

なにもない。

 

24時間、365日、

医者なんだ。

 

酒を飲んでいる時も(今は飲まないけど)

子供と遊んでる時も

シエスタしてるときも

医者なんだと思ったの。

 

苦しくても

続ける

それが

失敗した自分への

罰だと思った。

 

ミスを次の

患者さんに

活かして

赤ちゃんを

救わなければならない。」

 

 

 

わたくしの目の前の

消え入りそうな

看護師は言った。

「自分が患者さんなら

わたしのような看護師に

担当して欲しく無いと思います」

 

 

わたくしは

大きな声で

言い返した。

 

「あなた以外で

誰が看護師をできるのか?

あなたが

最高の看護師だ。」

 

 

そして

付け加えた。

 

「えっと、すこし

昼寝してもいいかな?

続きはこんど、みんなで飲みにいったときにでも」

 

すこし笑いながら

彼女は部屋から

出ていった。

 

彼女がのちの

当院の

エースの一人である。